*花蜜*
「シキ…!みて、みて!」
頬を染めながらアキラが長い回廊の向こうから駆けてくる。
ひらりひらりとはためくシャツのすそから覗く、白い太ももが妙に色っぽい。
たった今、会議を終えたばかりの幹部たちはすごすごと来た道を引き返した。
こういう場合の"正しい"行動を彼らはよく心得ている。
「まったく…今度は何の騒ぎだ」
アキラは事あるごとに城の中のシキをつかまえては何かを見せたり、して見せては満足そうな顔をするのだ。
色とりどりの花を組み合わせた花冠を頭に乗せてアキラはシキにぴたりと体を寄せた。
その花冠はこのモノクロの城にはひどく…ふにあいで。
いつもどこか夢見るようなアキラが城に似合わないといえばもちろんそうなのだが。
髪には花弁や葉が絡み、花の芳香がアキラからふわりと漂う。
そのいくつかをシキはつまみ上げて床へと落とす。
ひらひらと舞い落ちるそれらにまったく関心を寄せることなく、だっこして、と両手をシキに伸ばす。
そんなアキラにシキはとても大仰にため息をついて見せて、その要望をかなえてやる。
「これあげる」
自分の頭から花冠をそっと抜き取るとシキの頭へとぽん、と乗せた。
「おい…」
「シキにあげたかったんだ。俺ね、教えてもらって作ったんだ。…綺麗でしょ」
ふふっとうれしそうに笑うとアキラはシキの首にぎゅっと腕を巻きつけた。
「いらん」
「なんで?」
「……」
いうまでもなく自分にこんなものは似合わないことをシキはもちろんわかっている。
まだアキラを抱いているからいいものの、これが自分ひとりだけだと考えると恐ろしい、とシキはわずかに眉を寄せた。
花冠を頭に戴く自分の姿など想像したくない、と。
「…お前がつけていろ」
いやいや、とアキラは首を振った。
シキは頭の上から花冠を取ってやや乱暴にアキラへとかぶせた。
ぱらぱらと花びらが舞い落ちる。
「俺には必要ない」
「シキ…綺麗なのに」
まったく解せない、といったように今度はアキラがため息をついて見せた。
「あ!わかった今度は花束にしてくるね」
ぴょん、とシキの腕の中から飛び降りてにこにことアキラは無邪気に笑う。
「おい」
「なぁに?」
「花はいらんといっている」
「…花束でも?」
「そうだ」
「じゃぁ何がいいの?」
「何もいらない」
そこまでいうとシキはとめていた歩みを再開させる。
こつこつと靴音を響かせながら歩き去りそうなシキの後をアキラは小走りで追いかける。
「まって…っ」
「おとなしく部屋にいろ。おもちゃは与えてやっただろう」
「シキがいないから意味ないんだ」
ひとりはいやなんだ、とアキラはシキの腕を抱き込んだ。
再びシキの歩みが止まる。
「どこでも男を誘うその癖はどうにかならないのか。昨日抱いてやっただろう?」
「どこでもじゃないよ?シキがいるところだけ」
いいこでしょ?とアキラが言う前にシキはアキラの手首を捕まえてもっとも手近な部屋へと入った。
そこは小さな書庫だった。
普段ならば本を開くための机にアキラの細くしなやかな体を押し倒す。
アキラの頭から花冠が外れ、そのいくつかの花はくしゃりと無残につぶれた。
いっそうと漂う濃厚な花の香りにアキラはくらりと眩暈を覚えた。
「望みどおり抱いてやる」
「…シキ」
そのアキラの声音にはもう既に情欲の色がにじんでいる。
申し訳程度にとめられていたシャツのボタンをすべて取り去られると未だ消えきらない情交の紅い跡が顔を覗かせた。
一気に空気が淫靡なものへと変わる。
噛み付くようにアキラの首筋に顔を埋めるとシキはひそやかに笑った。
花などなくても、いつもこの体からは花のような香りがするというのに、と。
アキラは潰れた花冠を気にすることなく、ただ嬉しそうにシキの背中へと腕を回した。
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あとがきはつづきから!