邂逅-01の続き。
カウはどうなったのか、という話。
一応おしまいですがきっとまた関連物を書きますー。
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*邂逅-02*
「こっち、おいで」
半ば飛びかかるようにして浴室に入ってきたカウをアキラはよしよしと拙い手つきでなでてやる。
(え…と。…服、脱がせなきゃ)
「おとなしくしてなきゃだめだよ。…いい子にね?」
いつもは己がシキに言われるようにアキラはカウにそう諭した。
複雑な仕様の服とうんうんと唸りながら格闘してアキラはなんとかカウの服を脱がせる。
その衣類をぽいぽいと脱衣所に放り投げて最後にアイマスクに手をかけて取り去ってしまうとアキラは小さく息を呑んだ。
その瞼は閉じた状態のまま銀糸で縫い付けられていたからだ。
眼球のないことは覚えていたが、縫われているとはさすがにアキラも思い及ばなかった。
そっとその繊細の指先で瞼をたどるとカウの肩がピクリと跳ねた。
その押せば窪んでしまう不思議な感覚にアキラは優しく何度も瞼をなでる。
「…いたい?」
アキラの問いにカウはもちろん言葉で答えを返すはずもなく、ただ、大丈夫だいうようにアキラの頬をぺろりと舐めた。
「ふふ、くすぐったい」
シャワーから湯を出して、カウの体を濡らしていく。
誰かの体を洗うというのはアキラは初めてだった。
いつもは自分で洗うかシキに洗ってもらうかのどちらかであったし、シキと会う以前に誰かと風呂に入った記憶もなかった。
温かい湯が気持ちいいのかカウの口元の笑みが深くなり、ぴちゃぴちゃと床の湯を弄ぶ。
アキラはシャンプーを手にとると、すっかり灰や埃にまみれて黒くなっていた髪に手を伸ばした。
泡を懸命にたてて洗っていく。
カウの頭にこんもりと泡が乗った状態で今度は体を洗いにかかる。
柔らかいスポンジにボディーソープを含ませると優しく優しくその背中をたどっていった。
背面を洗い終えるとスポンジを投げ捨てて前面は掌で洗う。
そのいくつものピアスでうまく洗えそうなかったからだ。
そっと肌の上を掌がすべり、輪のピアスに指がかかった瞬間、カウがアキラにぎゅっと抱きついた。
シャツが泡と湯でぐしょぐしょになり、楽しそうにアキラは笑った。
「俺と似てるね…俺もこれ、シキにもらったんだ。…ほら」
カウの手を己の臍へと導いてそのピアスを触らせる。
少し触られただけでも快楽の炎が揺らめいてアキラは"ぁん…"と甘い声を漏らす。
(カウと悪戯しちゃったらシキはカウのこと斬っちゃうのかな)
どうしよう、と楽しげにアキラの瞳は迷っていたがまずはカウの体を綺麗にすることに専念した。
遊ぶのはいつでもできる。
すべてを洗い終えて二人で浴槽にはいる。
「綺麗になったね、カウ」
頬を両手で挟んでアキラが呼びかければカウは嬉しそうに笑った。
肌はすっかりもとの白さをとり戻し、髪は以前のようにきらきら光る綺麗なプラチナ。
ボディーソープやシャンプーの香りがふわりと漂って、アキラは満足げな顔でそれを見つめる。
ぴちょん、ぴちょん、と滴る水音に二人して耳を澄まして、石鹸の匂いのあふれる浴室でじゃれあっていたときにぴく、とアキラが動きを止める。
「あ…」
突然声を出したアキラにカウが"どうしたの?"とでも言いたげにアキラに抱きついていた腕を緩めた。
「シキ…」
ざぶん、と湯船の湯を波立たせてアキラはするりと浴室から出て行った。
カウを残して。
「…もうお仕事終わり…?」
体から湯を滴らせながらぞんざいに巻いていたタオルを床に落とし、コートを脱いでいたシキにアキラは抱きついた。
今の今までカウがアキラにそうしていたように。
「あぁ、早く帰るとお前と約束したからな。ところでアキラ…浴室に何を連れ込んだ?」
そうたずねるシキのことだ、絶対にカウのことだって報告があがっているはずなのに、とアキラは小さく笑う。
「見てみるといいよ…シキも驚くよ?」
くすくすと笑い続けながらその手をひいてアキラはシキを浴室へといざなう。
もちろんその掌にキスすることを忘れずに。
「懐かしい面だな。あの変態のペットか」
カウを見たシキの一言目がそれだった。
カウは相変わらず湯船に浸かって、水を跳ね上げて遊んでいた。
その仕草は幼子のようでアキラはまた小さく笑う。
シキの匂いに反応してカウが動きを止め、こちらを伺う。
「カウを部屋に置いていい?」
「ほう、猫が犬を飼うか」
楽しそうに喉を鳴らすシキを見てアキラがその腕に体を寄せる。
「シキがいないとき俺一人じゃつまんないんだよ」
「以前鳥を与えてやっただろう。お前は気に入らなかったみたいだが」
シキは以前アキラに美しい鳥を土産に持って帰ったことがあった。
自分も連れて行けとアキラがごねたときにこれでも部屋に置いておくんだな、と珍種の鳥をアキラに手渡したのだ。結局アキラはその鳥籠の扉を開け放して鳥を外に放してしまったのだが。
「だってあれ臭いんだ」
ふん、と鼻を鳴らしてアキラは不満げな態度を見せる。
わずかに逡巡してシキがその形の良い口唇を開く。
「…いいだろう。ただし」
シキはそこで一度言葉を切ってカウを浴槽から引き上げる。
「俺が部屋にいるときはお前は大人しくしている事だ。従えるか?」
顎をつかみ、顔を上向かせてシキはカウに問うた。
カウはおずおずとためらいがちにそれでもそっと、シキの手に唇を寄せる。
それはアキラに向ける親愛の情とは違い恭順を示す動作だった。
「ふ、いい子だ…。従順なペットは嫌いじゃない」
それだけ言うとシキは寝室へと踵を返す。
アキラは少し上気したカウの頬をするりとなでて、よかったね、と笑うとその主を追いかけて浴室を去る。
浴室には満面の笑みを浮かべたカウだけが、残った。
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あとがき&拍手のお返事は続きから