お約束どおり更新できました…っ!!
良かった!
なんか…私の中でうまくまとまりきれてないので…残念な感じです。
ちょ…ちゃんと整合性取れてんのかな、コレ!
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*afterglow-07*
リンはアキラの部屋へと続く重たい扉を開けて思わず息を呑んだ。
赤い紙ばかりで折られた鶴が、ベッドの上いっぱいに広がっていたからだ。
またベッドだけでは収まりきらなかったのだろう。
打ち捨てられたように床へと落ちてしまっているものもあるが、製作者であるアキラは特に気にした風もない。
ベッドの上で黙々と折り鶴を作り続けている。
「…これ…どうしたの?」
リンはゆっくりとそれらを踏まないようにして部屋の中央に鎮座するベッドへと歩いていった。
天蓋から続く、幾重にも重なる薄い紗幕は今は緩やかにリボンで括られていたが、相変わらずアキラの存在感はベールを駆けたように希薄なものだった。
触れれば空気に融けて消えてしまいそうだった。
「千羽…折ろうと思って」
リンが夥しい量の鶴を見て感じたことはひとつだった。
赤い色はシキの瞳の色だ。
ほとばしる血の、赤。
「千羽鶴…か」
「願いが…かなうんでしょ」
アキラにリンがそれを言ったのは昨日のことだ。
まさか本当に千羽折ろうとするとは思いもしなかったのだが。
「そうだね…そういうおまじないだ」
おなじないだと、もう一度言ったにもかかわらずアキラは目線を既に折り紙へと戻していた。
「だから…折ってるんだよ」
そういうとアキラは出来上がった鶴の羽を開いて、ぽいっと放った。
出来上がったものに興味はないといわんばかりに新しい紙を手にとってまた鶴を折り始める。
リンはその指先が赤くなっていることに気づいてやんわりと作業をやめさせた。
一瞬、インクがついたのだろうかとも思ったのだが、そうでないことはすぐに分かった。
「アキラ…今日はこの辺にしておこうか」
「どうして」
「指、擦れて痛いでしょ?…真っ赤だよ」
綺麗に折り目をつけるため、指先を何度も酷使した為だろう。
薄い指先の皮膚が赤く染まっていた。
まだ血は出ていないが、ひどく痛みそうだった。
リンは擦過傷ができたときの痛みを思い出して僅かに眉をしかめる。
「薬を塗ってあげるよ」
リンはアキラがこれ以上鶴を折らないように折り紙の束を受け取ってから、扉の外で控える女性に薬やガーゼを持ってくるように伝える。
それはすぐに届けられ、アキラの折った折鶴を丁寧に脇によけてからリンはそっとベッドに腰を下ろした。
軟膏を優しくすり込めばやはり痛みがあるのだろう、アキラは微かに目を細めた。
「あんまり無理したらだめだよ、アキラ」
「無理……?」
「そう」
よく分からない、というようにアキラは小さく首をかしげてその言葉の意味を考えているようだった。
そんなアキラをリンは微笑みとともに見つめた。
いつ見てもほんとうに綺麗だと感じてしまうのはなぜなのか、リンはアキラに出会ったころから抱いてきた疑問の答えを未だに見つけ出せないでいる。
アキラの顔は特別女性的であるというわけではないのだから。
それでもアキラを形容するときに出てくる言葉は"綺麗"なのだった。
イグラに参加していたときも、寝顔も、淫蕩にふけるその様さえも。
その全てが。
「そういえば昼食は少し食べたみたいで良かった。シェフが喜んでたよ」
あの喜びようは凄まじかった、とリンは思い出す。
アキラ様がお食事を!と息せき切って報告してきた顔が本当に嬉しそうだったのだ。
最近はリンがほぼ強制的に食べさせていたようなものなのだが、それでもリンは毎食、いつでもアキラと共にいれるわけではないため、傍について夕食をとらせるのが精一杯だった。
そのため朝、昼、とアキラはほとんどものを食べない、ということも少なくなくアキラの細さに拍車をかけていた。
「うん…シキが、食べろって言ってたの…思い出したんだ」
「シキが?」
「俺が食べたくないって言ったら、"それは食べるのが面倒なだけだろう"って。それで、食べろって」
「そっか」
シキはいつも俺にご飯を食べさせようとするんだ、とアキラがつぶやくとリンはそっとその頭を撫でてやる。
柔らかな髪が指の間を通り抜ける感覚がひどく心地よくて自然とリンの表情が緩む。
リンの知らない、昔の話をするアキラの顔は喜びと寂寥が入り混じった顔をしており、おそらくアキラ自身はそのことには気づいていない。
それが妙に切なかった。
「隊長、お伝えしたいことが!」
扉の向こうでノックから間髪空けずに呼びかけられ、リンはぎゅ、と眉を寄せた。
平常時ならばリンと掃除やシーツの交換などを行う女性達以外はこの部屋のある廊下への立ち入りを禁止てているからだ。
「アキラ…ちょっと行って来るね」
「…うん」
そっと頬を撫でてリンはアキラがうなずいたのを確認すると素早く部屋の外へと出た。
「…どうした」
「遠征部隊の足取りが掴めましたッ」
走ってきたからなのか、それとも寒さのせいなのか男の顔色がやけに…悪い。
リンは瞠目すると心を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐いた。
「詳しく聞かせろ」
「先ほど第2部隊の隊長から通信がはいりました。…彼の話によるとシキ様の行方がつかめないと」
「何があったんだ…ッ」
自然とリンの口調が厳しくなっていた。
語気は荒く、声量も増していく。
「…ロシアとの戦闘中だったようです。原因は不明とのことですがどうやら機関部から発火し、武器庫に引火したのではないかと。シキ様と直属部隊をはじめとする大多数が未だ生死も分からない状態だそうです」
「なぜ、ほかの船からの通信がなかった?」
「船は全て…やられたようです」
リンはそのままじっと押し黙る。
通信が途絶えた理由は分かった。
船が沈んだのなら通信機器も全て潰れただろう。
しかし軍艦が、そうやすやすと沈むものだろうか。
「生存確率は?」
「はっきりとは申し上げられませんが…亡くなられたという可能性も少なくありません。爆発はとても大きかったようで、浜辺に打ち寄せられる死体その大多数は損傷が激しく、識別番号でしか個人を特定できないようです」
短く、簡潔な報告だった。
「…シキが死ぬわけないよ」
はっとリンは後ろを振り返る。
重い扉が僅かに開いており、その隙間からアキラの美しい瞳がこちらを見ていた。
目が合ってリンは思わず言葉を失った。
アキラが…微笑んでいたからだ。
片手に折り終えた折鶴を一羽持って。
いったいいつから聞かれていたのだろうか、とリンは素早く会話を遡る。
アキラがリンが事実を隠していたと知ったらどう思うのだろうか。
「ねぇ…シキが死んだなんてそんな冗談笑えないよ。…全然面白くなんてない」
そういうなりアキラはくすくすと笑い始めた。
笑い声もその笑みもおかしなところなどひとつもないはずなのに、確かにそれは狂気だった。
「シキがすごぉく強いの…知ってるでしょう?」
アキラはするりと廊下に出てくるとリンの腰に抱きついて、とろんとした瞳でリンを見つめた。
「アキラ…」
「リン、こいつ殺してよ…シキが死んだなんて…嘘言うやつは嫌いだ」
ぐしゃりと音を立ててアキラの手の中で赤い鶴が…死んだ。
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