ご飯をたべないアキラ。
慣れない三人称もどきでお送りします。
APPETITE…?
寝室へ運ばれた彩の綺麗な料理たちにほとんど手をつけぬうちにアキラはフォークをおいて食べることを放棄した。
「もういらない…おなかいっぱい」
ふるふると首を振ってひらりと椅子から降りるとアキラはぐぐっとちいさく伸びをする。
そんな些細な動きにも丈の半端なシャツが細く白い太腿が見え隠れさせて、アキラの危うい色香を周囲へと放っていた。
目のやり場に迷うように視線を泳がせる給仕係の男はそれでも勤めを果たそうとなんとか言葉をつむぐ。
その肢体から目を離し、そしてまた引き寄せられるようにアキラを窺って。
「シキ様から…アキラ様にきちんとお食事を摂らせるよう仰せつかっております。もしお好きなものがあればなんでもお作りしますから」
なんなら食べてくれるのか、ということなのだろう。
ぴくりとその男の言葉に反応してアキラが振り返る。
「なんでも…?」
「えぇ、もちろんです」
途端に嬉しそうな顔をする男がアキラは滑稽でたまらなかった。
「シキがいい」
「え?」
「俺がほしいの、シキだけなんだ」
凍りついた男は応えあぐねて冷や汗を流す。
なんだ、つまんないの。
アキラはふわりと笑って部屋を後にした。
シキの気配をたどって城の中を歩くアキラは上機嫌だった。
しばらくはシキがこの城にとどまることを知ったから。
しばらくはここを留守にすることはないと知ったから。
疑うことなく重厚な扉を押し開ける。
「アキラ様…っ」
シキが近くにおいているのだからそれなりに有能であろう幹部たちはさすがに立ち上がりはしなかったが、その美しい姿に息を呑み目を離せないものも少なくなかった。
そしてその身に宿す非ニコルというウイルス。
何十倍にも薄められたニコルを服用する幹部たちにとって、アキラは惹かれてやまない存在でありながら恐怖の対象でもあった。
「シキ…」
いまだ振り返らないその主の下に歩み寄ってその膝に頭を乗せる。
軍議の途中であろうがなんだろうがアキラには関係ない。
「書類は明日までに処理しろ。軍議は以上だ」
アキラの髪を梳きながら言い放ったシキの言葉に慌しく幹部たちが部屋を後にする。
彼らの賢いところはアキラに必要以上に近づかないところだった。
下手をしたらシキの不況を買うどころではすまない。明日の命さえも保障されてはいないのだから。
「食事は済んだのか?」
「うん」
その皮の手袋を口だけで脱がしてアキラはその骨ばって長い指に口付ける。
「…お前のことだ、どうせ一口二口なのだろう」
「だってお腹すかないんだよ」
アキラはするするとその膝によじ登ってシキと向かい合う。
「お前は何なら口にする?それとも俺を困らせて楽しんでいるのか?」
痩せ細ったアキラの体を見れば誰だって何かしら口にさせねば、と思うのは当然だった。
シキは以前のアキラの体型を知っているためか、以前にもまして最近はアキラにものを食べさせようとしていた。
「そういうのは本当にシキが困ってから言わないとだめだよ」
「…確かにな」
握ったままのシキの指をつるりとアキラが口に含む。
ちゅ、ちゅ、と音を立ててざらりとした舌がシキの人差し指に絡む。
「…食材の話をしていただけだが?」
「シキがいいの」
ふふ、と笑いながら懸命に舐めるアキラをシキはしばらく見つめた後に彼を抱えて寝室へと歩を進める。
その間にもアキラはその指を己の口元から離すことはなかった。
結局アキラは果物ならある程度は食べるということが分かったのだが、それはまた別の話。
********
あとがきは続きからー。