*Apfelsaft*
穏やかな日差しも少し傾いてきた午後。
手元のペティナイフをリンが器用に操って皮をむけば淡い黄色の果実から僅かに果汁が滴る。
その手の中でりんごが形を変えていく。
「うさぎ…」
そう、リンはりんごをウサギの形に剥いていた。
赤い皮の部分で作られた長い耳がアキラの心を惹いたらしかった。
「かわいいでしょ?」
そう言ってリンは完成したウサギをアキラに手渡した。
「うん…リンってすごいね」
「ほんと?」
嬉しいな、とリンは顔を綻ばせて笑い、アキラは感心したようにただじっとウサギを見つめていた。
「なんか…食べるのもったいないね」
「早く食べないとリンゴが茶色くなるよ」
リンが茶化すように笑うとアキラは頷いてウサギのおしりを少しかじった。
それをちらりと確認するとリンは次のウサギを作りにかかる。
少しずつ、でもきちんと咀嚼していくアキラを見てリンはほっと胸をなで下ろす。
この"ウサギ"は、食の細ったアキラにどうにか食に関心を向かせようとリンが厨房に足を向けたのがきっかけだった。
メニューについてシェフと少し話した後、リンの目に城に届いたばかりのりんごが目に留まったのだ。
「りんご…か」
幼い頃なんどか食卓にあがったりんごのウサギを思い出したのは偶然だ。
一瞬そんな自分に少し笑が漏れそうになって、イメージを消そうとしたが、アキラの気を惹くには充分かもしれないと思い直してすぐにシェフにリンゴの飾り切りをいくつか習ったのだ。
リンは生来器用なせいかすぐにそれを覚えて今に至るというわけだ。
「おいしい?」
「うん…甘い」
よかった、とリンは微笑んで果汁に濡れた手を軽く拭った。
「また明日むいてあげるね」
こくりと曖昧にうなずいてアキラはまた一口、しゃく、とりんごをかじった。
遠くを見るような瞳が少しでも自分のほうを向いてくれるなら。
少しでも…微笑んでくれるなら。
リンはアキラのためなら何でもするつもりだった。
シキが帰ってくるまではリンはアキラの友であり、恋人であり、そして"シキ"なのだから。
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