*魂までも縛られたい*
その鮮烈な瞳に見つめられると、どうしようもなく自分への劣等感を感じることは否めない。
自分にとって、まぶしすぎる存在だからだろう。
絶対の、存在。
彼が"やれ"と命じたならば、あらゆる手段を講じて俺はその命令を遂行する。
それが俺に出来ることだと、思っている。
「っ…」
無意識に俺は息を呑んで自分の指先をまじまじと見つめた。
指先からぷくりと真紅の珠がみるみると膨れ上がった。
皺ひとつないピンとした書類の端で指先を切ったのだろう。
書類を捲りにくく、手袋を外したのが悪かったのか。
そっとその傷口に唇に宛てて。
「アキラ」
「はい」
「…なんて顔をしてる」
「は…?」
今はサイタマへ視察へ向かう車中だ。
シキの言葉に俺は顔を上げた。
運転手との無線が切れていることを目の片端ですばやく確認する。
シキと俺が乗っている後部座席と運転席とはスモークガラスで隔てられ、音声もスイッチを入れない限りはやり取りできない仕様になっている。
「…これから行くサイタマはまだ内乱を平定してから間が無いのはわかっているだろう?そんな男を誘う目をしていてはハイエナの群れに小鹿を投げ込むようなものだ」
ため息混じりに、わかっているのか?と顎を持ち上げられて俺はもっていた書類を膝においた。
言われていることが…理解できなかった。
…小鹿?
「総帥…?」
「アキラ」
「……シキ」
そう言い直すと満足そうにシキは笑った。
「自覚が無いというのもまた愚かなことだな」
「愚か…ですか」
ネクタイを引かれてぐっと喉が絞まる。
苦しさに顔をしかめればシキの紅い瞳が喜色に染まるのがわかった。
なんて…美しいのだろう。
「城内ではお前の部隊に入ることを目指している兵が多いらしい。士気が上がっていいことだが」
知っていたか?と聞かれて俺はいいえ、と声を絞り出す。
「ですが…俺の部隊よりも総帥直属部隊のほうが…」
俺の率いる部隊はシキのサポートを行う秘書室と、外交の場などにおける身辺警護を兼ねている。
もともとシキ自身の戦闘力を鑑みれば身辺警護などは必要なく、また城内ではシキが嫌がるため、傍にはほぼ俺しかついていない。
しかし仮にも総帥警護の任につく人間だ。
決して能力の劣った人間を引き抜いているわけではないが、兵達にしてみれば文官などの仕事よりも力を認められるという点ではシキ直属の部隊のほうが位は上のはずだ。
大仰にため息をついたあと、わかっていないなとぱっと手を離される。
きつくなったネクタイを僅かに緩めて俺はほっと息をつく。
「申し訳…ありません」
「なぜ謝る?自分に非があると思っているのか?それとも俺の言ったことを理解して自分の愚かしさに気がついたのか?」
言ってみろ、と顎を持ち上げられて俺は答えに窮する。
実際、何が"愚か"で何を"わかっていない"のか俺にはわからなかった。
だからわからなかった俺の至らなさを謝罪したのだが。
「目的地までは後何分だ?」
「予定では45分後に到着です」
腕時計を確認して報告すれば一瞬何かを考えるようにした後、シキは俺を引き寄せて、口の端だけで笑った。
あぁ…この微笑みは。
「この身に教えてやろう。お前がどれだけ甘美な声で鳴き、みだらな体をしているかをな」
ばさばさっと書類が膝から足元へと音を立てて落ちていく。
それはまるで鳥の羽ばたきの音に似て。
その音は黒くそびえるのシキの城から夕時にいっせいに飛び立つカラスを俺に思い起こさせた。
この瞳に魅入られた、俺は獲物。
喜んで、この身を捧げよう。
魂 ま で も 縛 ら れ た い
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あとがきは続きから
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