先日のキリリクの際の没作品…。
というか同じ話の流れで書いてたんですけど、長い上に纏まりそうに無かったので没になったのでした。
"彼"はアキラに殺された"彼"ですよ。
こっちのお話はこれからアキラが監禁(笑)されたりシキが助けにきたりするのでした。
まだこの段階では"彼"はシキに殺させようかな、なんて思っていました。
それからシキとアキラの対話になるので超長ッですよね。
まぁ暇つぶし程度にでも思っていただければ幸いです~。
タイトルはないですよ。
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*no title*
アキラは表情を変えることなく、黙々と仕事に没頭していた。
書類の束をトントン、と机で軽くそろえシキから決済された書類を下へと送り返す区分の仕事だ。
今日は朝から延々とこの作業が続いている。
というのも定例報告会や、来月のための外交書類をまとめておかねばならなかったり、と月末(つまり今だが)は急がしく、またシキの遠征が被り決済が遅れたことも起因して目の前の膨大な量の書類が出来上がったのだった。
その枚数は相当なもので、いつもなら一人でこの作業をこなすアキラも今回ばかりはあまりの量の多さに圧倒されて部下を一人、助手として呼んだのだった。
ふ、と息を吐いて首を軽く回す。
慣れているとはいえやはり疲労は出てくるものだ。
アキラは傍らでまたしても作業に徹する"彼"に声をかけた。
「…少し休憩にしよう」
アキラの部下の中でも特別有能な男だ。
賢く(というよりは頭の回転が速いのだろう)、そして剣の腕もなかなかにたつ。
アキラが目をかけている数少ないうちの一人だ。
「では私は厨房に行って紅茶をもらってきます」
「あぁ、すまない」
仕事を頼むときは大抵を彼に任せるため、アキラがコーヒーよりは紅茶が好きということまで彼は知っているのだった。
"彼"を見送って、アキラはぐっと背筋を伸ばした。
今頃はシキはきっと部下たちに取り囲まれて、内心では退屈しながら軍議を開いているはずだ。
「……シキ」
アキラはそっと囁いたあとに満足げに顔を僅かにほころばせ、チェアにゆったりと腰掛けた。
「シェフがぜひアキラ様に、というのでマドレーヌを預かってきました」
さわやかな香りを放つオレンジペコーと、小皿に品よく並べられたマドレーヌとがアキラの前に置かれた。
陶磁器のカップに鮮やかな紅が映える。
「いい香りだな」
そうやってアキラと"彼"はひと時の安らぎを共有する。
僅かな休息でも、それをいかに効率良くとるか、というのが最近のアキラの課題だ。
効率のよい休息は効率の良い仕事につながるということを先日主に諭されたばかりだったからだ。
一口齧ったマドレーヌは確かに甘さが控えめに作られており、小食のアキラにしては珍しく2つも食べた。
「シェフが喜びますね」
「美味かったといっておいてくれ」
「えぇ、伝えておきます」
微笑みながら"彼"がうなずいた。
「…そういえば最近、トウホク…のほ…う…!」
アキラは不意に襲った眩暈にソファの肘掛をぎゅっと握ってやり過ごそうとする。
視界が白く染まり、そして急激に明度が落ちていく。
ぐらりぐらりとゆれる景色に瞳孔が収縮を繰り返し、ちかちかと光が目に痛い。
「…っ」
顔をあげれば、こちらを見つめるどこか哀しげな"彼"と目があった。
「…薬を…盛ったな…」
ぴりぴりとした刺激が全身を駆け巡ると同時にアキラはひどく体が重くなったように感じていた。
「…すぐに楽になれますよ。睡眠薬に痺れ薬が混ざっただけですから安心してください」
その言葉通り、痺れだして感覚の徐々になくなっていく手足にアキラは小さく悪態をついて腰に佩いていた短剣を抜く。
それでソファを刺し、なんとか体を支え体勢を保った。
「…」
物言わぬ"彼"にアキラの鋭い視線が突き刺さる。
「……お許しください…」
「…何の…真似だ」
霞む視界でアキラは"彼"をにらみ続ける。
「あなたには人質になってもらいます。…われわれは総帥に反旗を翻す」
「…っ、馬鹿なことを」
言葉を吐き捨てたアキラから"彼"が短剣を奪う。
それは優しい手つきであるにもかかわらず、アキラはさしたる抵抗もできなかった。
支えを失って後方に体が傾ぎ、背もたれに寄りかかる。
「ですから、あなたが必要なんです。あなたは唯一、総帥が傍にいることを許したお方。それは完全なる総帥の唯一の隙でもあります」
「……ふざ…けるな」
己が総帥へと仇なすものへの助けになると思うだけでアキラの負の感情は膨れ上がった。
「われわれには…あなたが必要です。…そして、これも」
細い切っ先が感覚のないアキラの手のひらに埋まる。
ぷつりと皮膚を破って珠玉がみるみるうちに盛り上がる。
アキラがその身に宿す、非ニコル。
なによりも皆がこぞって手に入れたがる、ニコルと相反するもの。
そのキャリアーであるアキラはニコルを制圧する際には欠かせないものなのだ。
"彼"が妖しく笑い、その血を、ウイルスを舐めとった。
感覚のないアキラはただ不快な温度だけを感じ、眉をぎゅっとこれ以上ないほど寄せた。
(あぁ、"彼"はニコルを投与していないのだった…)
ぐっと唇をかみ締めて、遠ざかりそうになる意識を引き戻す。
徐々に顔が青白くなるアキラはそれでもまだ抗っていた。
そしてアキラは"彼"が奪った短剣を僅かな隙を突いて取り返し、すばやく己の腿へと刺した。
深々と刺さったそれが瞬間的にアキラの意識と感覚とを冴えさせて、アキラは"彼"にそのナイフを投擲する。
…そしてそのままアキラはくず折れた。
腿から鮮血があふれ出し、すぐにアキラの軍服を染め、絨毯へと染み渡っていく。
「おっと…まだ動けたとは…驚きですね」
危なげなくそのナイフをかわし、アキラを抱きとめる"彼"の声には殆ど賞賛のような響きが混じっていた。
「…アキラ様…」
"彼"はアキラを抱き寄せてその首筋に口付けを落とした。
そして。
「お待ちしておりました…総帥」
穏やかな彼の双眸がすっと細まった。
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[5回]
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