rewrite*/甘利はるき様の所からお借りした「凛、と10のお題」から。
アキラがぼんやりこんなこと考えてるといいなぁ、と。
1.凛、と伸ばされた背筋
シキがまた出かけていった。
帰ってくるのはあさって。
…だから俺は今はひとり。
出かける直前までシキに揺すられ続けた体は自由に動かない。
まだ気だるい体の奥には熱いシキの残滓が残っているはずだった。
「…シキ……」
そっと呟いた声は部屋にすぅっととけていった。
静かな静かな部屋。
ここには何も届かない。
喧騒も、情報も何も。
シキが、そうしたんだ。
大きな窓が一つ。
そこから見える外の景色で俺は時間の経過を知る。
…まぁそんなこと大して必要じゃないのだけれど。
「シキ…はやく」
はやく、帰ってきて。
もう一度名前を呼んだけれど、やっぱりすぐに消えてしまった。
そういえば昔は俺がシキを呼んでもこっちを向いてくれることなんて、滅多になかった。
呼びかけに振り返ってくれることなんて、なかった。
いつも顔と意識を少しだけ俺に向けて、「…なんだ?」って聞く。
それだって機嫌がいいときだけで。
無視されることなんてしょっちゅうだった。
答えの返ってこない背中を見つめて皮のコートばかりが目に焼きついた。
うるさい、なんていわれればいい方でひどいときにはそのまま気絶させられることもあって。
今はどうだろうって俺は考える。
広いベッドの上でころりころりと転がればシーツがゆるりと体に絡む。
糊のきいていたシーツはすっかり柔らかくなって、俺の肌を優しく包む。
シキは俺の名前を呼んでくれるようになった。
アキラ、って囁かれると俺はもうそれだけで熱い吐息が漏れてしまう。
俺もシキ、って呼ぶようになった。
前はあんた、ってしか呼んでなかったね。
なんでだろ。
ふわりふわりと霧散しそうな意識をかき集めて、やんわりとクッションを抱きしめる。
シキは昔に比べると俺のほうを、向いてくれるようになった…のかな。
呼んだら答えてくれるようになったきがする。
それにシキは少しだけ優しくなった。
俺の頭をよく撫でてくれるし(いい子にしてたらさ!)たくさんキスしてくれるようになった。
思い出して、小さく笑う。
シキに撫でられるのも、キスするのも好きだ。
それってシキは俺のほうを向いてくれてるっていえるのかな。
キスするときは体は俺のほう、向いてる。
心は…わかんない。
シキといるときはそういうこと、考えない。
考えられないし、考える必要もない。
記憶の中のシキはいつも俺に背中を向けてる。
黒くて長いコートがきれいにはためいて、ブーツがこつん、こつんって鳴る。
トシマのあの部屋で毎日のようにシキが俺を抱いて、終わったらすぐに部屋を出て行く。
俺はその背中をじっと睨んでたから。
だから背中しか覚えてないのかな。
それとも地下を通ったときの背中かな。
手をひかれてはいても俺はずっとシキの後ろを歩いてたから。
目を閉じると真っ先に浮かぶのはすっと伸びて、揺らがない背中。
いつもそう。
今はきっとシキの瞳のほうを見てることのほうが多いのに。
ぴりぴりと空気を振るわせるシキの雰囲気。
綺麗な、シキ。
凛とした、背中。
いつも遠い。
昔はそれが悔しかったようなきがする。
シキに負けるものかって思ってた。
今はぜんぜん思わないけど。
代わりにシキの素肌の冷たさと熱さをしった。
たまには爪あとだってその背中につける。
そうするとシキは哂う。
抱きしめたときに背中に回す腕、指でゆっくりシキの背骨をたどる。
その感触だって知っている。
覚えている。
そうだ、あさってシキが帰ってきたら、まず名前を呼ぶよ。
「シキ…」
動いた拍子に、こぽりと腿を伝った液体を指で少しだけ掬って、頬に塗る。
ふふって笑って瞳を閉じる。
そうやって名前を呼んだら、シキは振り向いてくれるかな。
振り向いてくれなかったらその背中を俺が抱きしめるんだ。
後ろからぎゅってしてあげる。
そうしたら背中、見えなくなるね。
何が見えるかな。
シキの見てるもの、俺にも少しは見えるかな。
ねぇ、シキ。
「はやく帰ってきてよ…」
やっぱり声は静かな余韻を残して消えた。
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あとがきは「つづき」から。
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