CUREの続き。
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*CURE-02*
一通りの仕事を終えてアキラの眠る寝室へと再び足を運び、ぐっと扉を開けばアキラの傍にいたらしい狗がベッドの上ですばやく身を起こす。
名残惜しそうにアキラの頬に鼻を寄せると、すぐにベッドを降り部屋の隅にうずくまった。
俺がいるときにはアキラの傍を離れ大人しくしているように、という命令をきちんと実行しているのだ。
あの変態が躾を行ったというのが非常に気に食わないがしょうがない。
ベッドの端に腰掛ければぎしりとわずかにスプリングが軋み、アキラの体も少し下がる。
昨晩は抱いていないというのにこれほどまでに眠るとは。
ぴくりとも動かずアキラは人形のように昏々と眠っていた。
まだ時刻は昼を回った程度だがアキラが起き上がって何かをした形跡が無い。
当然食事もしていなければシャワーも浴びていないのだろう。
普段はここまで昏睡することなど無いのだ。
俺が近づけば自然と目を覚ます。
血が呼ぶのだと、アキラは言うが。
しばらくは放っておくか、とベッドに腰掛けたまま刀の手入れをする。
丁寧に分解し、整備し、組み立てる。
人の血を吸わせた後は特にこの作業が重要だった。
ちゃき、と音を立て刀を点検する。
外は相変わらずの豪雨で時折、稲妻が光っては部屋を瞬間的に照らし出す。
「…っ!」
その雷鳴がとどろいた瞬間、動きもしなかったアキラが悲鳴のような息を飲み込んで、起き上がった。
何事か、と眉をひそめればアキラは窓辺に走りよってぺたりとそこに張り付く。
じっと何かを見つめ、そして部屋を走って出て行った。
「…アキラ」
という俺の呼びかけに何の反応も返さぬままに。
まったく、世話の焼ける。
何を考えているのかまるで分からない。
ため息を吐いてアキラを追う。
あろうことかアキラはこの雨の中外へと走っていった。
こめかみを押さえたくなるのをこらえ、少しだけ足を早めればすぐにアキラに追いつく。
もともとの歩幅が俺より狭い上に筋肉のついていない足で走るのであれば速度が出ないことは分かりきっていた。
あまりにひどい雨滴のせいで景色が白がかって見える。
それほどの雨。
そのなかでアキラの腕を捕らえ、動きを封じる。
ひどく浅い呼吸を繰り返すアキラが動きを止めるかと思いきや逃れようと身をよじる。
「…ゃだ…っ!離せ…っ、ケイスケが待ってる!!あんなところにケイスケは一人ぼっちだ!…ケイスケ!いま行くからっ。俺、行くからっ…離せよっ」
そう叫びながらもがくアキラがこちらをにらみつける。
その瞳はもう、とっくの昔に消えてしまったはずの…アキラのものだ。
鋭い眼光で俺に向かってくる。
抗い、歯向かい、思う侭にならない、アキラ。
「…ケイスケ…っ」
その唇からこぼれる名前が俺の名でない事が無性に腹立たしく、その頬を軽く張る。
「お前の友人は死んだだろう。あの雨の日に。お前が俺のものになったあの日に。目を覚ませ」
「ケイスケは死んでない!俺を待ってるんだ、あそこで待ってるんだ!」
青白くなっていく肌と、炎のような瞳。
今と過去が絡み合って、ひどく曖昧な感情を呼び起こした。
いっそう激しさを増す雨に打たれアキラのシャツは体に張り付き髪はしとどに濡れてその体のラインを浮かび上がらせる。
当然俺も濡れそぼり、体にまとわりつく皮のコートがひどく鬱陶しかった。
雨が、アキラを呼び覚ましたのだろうか。
この苛烈さは、とっくに失われたと、思っていた。
だんだんと過呼吸のようになり、息苦しそうにアキラの顔がゆがんでも、それは今のアキラの顔ではなかった。
「アンタ、離せよ…!ケイスケの傍に行かなくちゃいけないんだ!」
「黙れ」
その首筋に手刀を打ち、がくりと力の抜けた体を抱きとめて城内へと戻る。
「お湯を用意いたしております」
「あぁ、分かった」
さっと近づいてきて、それだけ告げて兵が持ち場に戻る。
片手でアキラのシャツを脱がし、浴槽に座らせる。
「…手間ばかりかけさせる奴だな、お前は」
もっともそこも愛いのだがな。
俺も服を脱ぎ、シャワーを浴びると浴槽へと身を沈める。
アキラの体を支え、その身が温まるまでじっと待つ。
湯の中でも冷たかった体は徐々にその温度を取り戻してきていた。
肌の青白さが少しよくなった頃合を見計らって浴室を後にする。
バスローブを羽織り、アキラの体を軽く拭きベッドに横たえる。
以前でも軽かった体は今ではもう片手でも足りるほどの重さだった。
「…アキラ」
髪を梳きながらそう名を呼べば今度こそゆっくりと睫が震え、その瞳が俺を映す。
「…シキ…いつ帰ってきたの?」
口調はもうすっかり元に戻っていて、あの覇気はどこにも感じられない。
…覚えていないというのか?
「…さっきだ。お前もよく寝ていられるものだな」
「うん…頭、いたくて」
「もういいのか?」
「よくわかんない。…けど起きれるからだいじょうぶ」
こちらに手を伸ばすアキラを引っ張って起こしてやる。
「キスして…」
その身を寄せて、甘えるように囁いたアキラの唇を、あらゆる言葉を封じ込めるようにふさいだ。
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あとがきは続きから