書いたままだったものを発掘!
シキがいないとアキラは眠れない…とか。
たぶんそれだけを思いついて書き始めた気がします。
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*good night*
ソファに腰掛けたまま扉をノックする音に「入れ」と命じる。
俺は一週間ほどの視察から今日帰ってきたばかりだったため部屋で書類を片付けていた。
その未決裁の書類に目を通しながら、片手間にグラスへとウイスキーを注ぐ。
琥珀色の液体が芳醇な香りを漂わせた。
アキラは先ほどから俺の膝に頭を乗せたまま心地よさそうにおとなしくしている。
「失礼いたします」
入ってきたのは意外なことにアキラの食事係の男だった。
その手に持っているのは繊細な模様の描かれた美しいティーカップ。
ふわりと湯気を立てるそれは…。
「…なんだこれは」
「はい、ここ何日かアキラ様が夜中に寝付けない、と仰っていまして。…最近はお休みになられる前にこうしてホットミルクをお出ししています」
寝付けない、か。
珍しいこともあるものだ。
普通なら寝酒なのだろうが…アキラは酒は飲めないからな。
サイドテーブルにカップを置かせて男を下がらせる。
漂ってくるのはミルク独特の甘い香り。
「子供だな」
ふ、と笑ってアキラの髪を撫でてやる。
笑われたことにか、それとも"子供"に反応したのかアキラがわずかにむくれて体を起こす。
「…いいの。だってそれ飲んだらよく眠れる」
「お前が眠れないのは昼間まで寝ているせいだろう?」
アキラは望むときに起床し、望むときに就寝するのだから眠れないということなどあるはずがない。
アキラが眠いと感じたときが就寝時間なのだ。
「…違うよ…ちゃんと朝におきるよ」
「ではなぜだ?」
「………シキがいないから俺はすごくたいくつで、だからはやく寝たいのに、シキがいないからシーツが冷たくて…一人のベッドは嫌いだから…寝ればわかんないのに…なのに寝れない」
文などにはなっていない、ただ思いついたことをそのまま言葉にしていくアキラの顔がだんだんとうつむく。
その頤を掴んであげさせ、瞳を覗く。
少しばかりまた笑い、アキラに口付ける。
どこまで可愛いことを言うのだろうか。
本当に、飽きない。
「んぁ…」
名残惜しそうなアキラの声を聞いて、それでも俺は口づけをやめる。
「シキ…お酒の味がした」
「お前にはまだ早いか?」
苦い、と眉をしかめるアキラが俺の膝の上に座る。
俺はずっと片手に持っていた書類をサイドテーブルへと置いた。
いまだ柔らかな香りのするティーカップにウイスキーをティースプーン一杯ほど落とす。
ミルクの色がわずかに変わり、アキラが不思議そうにそれを見ているのが分かった。
「飲め」
「いい…シキがいるから、それ、いらないんだ」
弱く首を振って身を寄せるアキラにそれでもカップを差し出した。
「アキラ」
二度、名を呼ぶとアキラの腕が伸ばされて、カップを受け取った。
こくりと喉が動いて飲み始めたことが分かると俺もまたグラスに注いだままのウイスキーを口に含む。
そうしてまた書類に目を通す。
しばらくしてからアキラがすべて飲み終えたのか、カップをテーブルへと戻した。
「シキ…なんか熱い」
体が温まって眠気が襲ってきたのか、既に声に力はない。
「本当に酒に弱いんだな」
「…」
たったのティースプーン一杯だ。
それでもアキラはほのかな薔薇色に染まっていた。
「先にベッドに入っていろ」
緩く首を振って膝の上から退く気配を見せぬアキラを好きにさせておく。
書類が片付けばもう仕事も終わりだ。
アキラと問答をするよりもこのままのほうが大人しい。
最後の書類をテーブルへと放って、グラスに残っていたウイスキーを飲み干す。
「アキラ」
声をかけても反応がなく、ただ規則的な寝息が聞こえるだけだ。
軽く息を吐く。
やはりな。
予想以上に温かな体を抱きかかえて、ベッドへ運ぶ。
「眠れない、だと?」
熟睡しているではないか。
(シキがいないからシーツが冷たくて…)
先ほどの言葉を思い出して笑う。
「少し待っていればよかったものを」
そうすればアキラとベッドに入ってやれただろうに。
目にかかる前髪を払ってやって、アキラの額に口付けた。
[2回]
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