*a sigh *
胸元のタグがしゃらりと音を立てた。
アキラは小さく息を吐いて中立地帯へとの歩みを速めた。
もうすぐ正午になろうかと言う時間だがトシマはいつもどおり人の活気というもののとはかけ離れた場所だった。
相変わらずの曇天もさすがに日中は僅かな陽光を透過して少しだけ廃墟たちも白さの度合いを増したように思う。
「アーーーキラァ」
前触れもなく突然呼ばれたことに対してか、それともその声の主が容易に想像がつくからか、はたまたその両方かは定かではないが、ピクリ、とアキラの肩が跳ね上がる。
眉根をぎゅぅっとこれ異常ないほど寄せてアキラは握り締めていたナイフの手を僅かに緩めた。
「…」
声がしたのは…上からだったな、とアキラはゆっくりと頭をめぐらせて見えるはずのピンクのパーカーを探す。
もっとも、探す間もなく灰色の廃墟群の中ではその男の"色"は浮いていた。
脱色しすぎて痛みきった金髪と鮮やかなピンク色のパーカー、首元に絡みつくトライバル。
アキラのちょうど真後ろのビルの、その3階部分の窓から乗り出すように…男が両手を振っていた。
いっそ無邪気とも見える笑顔で躊躇いもなくその窓から飛び降りれば猫のように着地してアキラのほうへ駆け寄ってくる。
声にならない声を諦念とともに吐き出してアキラはしっかりとその男へ向き合った。
処刑人がいるところにわざわざ顔を出すイグラの参加者はいない。
…それにこの男に声をかけられたら最後、気まぐれに付き合うしか開放される道はないのだとアキラはこれまでの経験で分かっていた。
なぜか…リン曰く"気に入られた"らしい。
"アキラってほんっと変わってる~"
そういってきゃらきゃらと笑う小柄な彼の姿を思い出してすぐに頭から追い払う。
「グンジ…」
「アキラのコトさァ、俺探してたんだよね」
いつも何が楽しいのかよく分からないようなことでグンジは笑う。
アキラはそれが不思議でたまらない。
「…俺を?」
「そうそう。ってことでさァ、付いてきてっていうかァ、連れてく?」
は?
とアキラが情けない声を上げた瞬間にはグンジはアキラを肩の上へと担いで疾走を始めていた。
「ちょっ…グンジ!!…下ろせって」
アキラの叫びもむなしく結局目的地までアキラが地面を踏むことは無かった。
「はい、到着~」
そう言ってグンジがアキラを下ろしたのは"城"の前でだった。
無言のままアキラはその"城"を見つめため息をつく。
…できれば来たくない場所の最たるところがここだ。
あの…アルビトロやキリヲの事を思い出すと気分が沈むのも仕方がないことだろう。
「アキラァ、ぼーっとしてないで早く~~」
ひょいひょいと先を歩くグンジがまた大声でアキラを呼び出しそうでアキラは大人しくグンジの後に従った。
「…で…?」
アキラの目の前には美しいオムライスがほわほわとした湯気を上げていた。
ここは"城"の食堂だった。
しかしアキラとグンジ以外の人影は見当たらない。
「ん~?オムライスじゃん、アキラ好きなんデショ?」
どこからそんな情報を仕入れたのだろうか。
アキラは半ば呆れながらそっと目の前の皿に視線を移す。
ヒャハッと笑いながらグンジは片手に握ったフランスパンに噛み付いた。
スライスされたものではなく、丸ごと一本だ。
鉤爪はがしゃんと音を立ててグンジの足元に放られている。
目にかかる前髪の隙間から綺麗な瞳がアキラを射抜く。
何か現実とかけ離れたような異様な光景にアキラはひくつく頬を感じながらグンジを見ていた。
「…俺に用事があったんだろ?」
「ウン」
「だから用事は何だ?」
おそらく幼い子供がやればひどく可愛らしいのだろう仕草でグンジは首を傾げた。
「だからァ、これがヨウジじゃん。ビトロがァ、好きなコはまずメシに誘えって言ってたからさァ~。なんだっけ?タシナミ?とかなんとかいってたな」
「…嗜み…?」
およそ目の前の人物とはそぐわない単語にアキラは眉をひそめた。
いつも…予測が付かない。
「たべねぇの?」
もぐもぐとフランスパンを咀嚼しながらグンジが不思議そうにアキラに尋ねた。
「……食べる」
グンジのことだ。
毒だなんて入れているわけでもないだろう。
気に入らないのならその爪で殺せばいいだけの話なのだから。
ちょうど昼を過ぎた時間だったこともありアキラも空腹を感じていた。
どうせ今帰れやしないのだ。
それにソリドよりかは幾分もまともな食事であることに違いなかった。
ぱくり、と一口食べてアキラの顔が僅かにほころぶ。
それは殆ど変化していないといってもいいほどだったが。
ふわりとして、かすかに甘く、中のチキンライスのトマトの酸味と合っていた。
「うまい?」
まるで子供のようにアキラの事を覗き込むグンジにアキラは小さくこく、と頷いた。
ゆっくりと二口目を掬うアキラをグンジは相変わらずフランスパンをかじりながら楽しそうに見ていた。
が。
何を思ったか突然にやりと笑った。
「なァ、俺にも味見さして」
そういうなりグンジはアキラに口付けて舌をするりとその口腔へと滑り込ませた。
その柔らかな唇やあたたかな舌を吸い上げて、くちゅりとした音を響かせながら唇が離れた。
「…っな!」
驚愕と羞恥とそれから整理しきれないあらゆる感情をない交ぜにして頬を紅潮させたアキラが唇をぐいと拭ってグラスから水を飲み干した。
唇を戦慄かせ、しかし言葉の出ぬままアキラはグンジの分も水をあおった。
「…美味シカッタ?」
悪びれずに笑うグンジにアキラは今日最大のため息をついて、力なく項垂れた。
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[7回]
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