*音のない答え*
浴室でシキに抱かれた熱を体の奥で燻らせながら、褥の上でシキの背にアキラは口付けた。
しっかりと筋肉のついた背、とがった肩甲骨、ひとつひとつの骨を確かめるように徐々に降下していく。
シキは口の端を僅かに撓めながらもただ黙ってアキラのするに任せている。
最近シキはアキラの気まぐれに付き合うことが多い。
突発的なアキラの行動は珍しくない。
シキの予想をはるかに超えてアキラは欲望に従順になってきていた。
「…ふふ」
時折くすりと笑みを漏らしながらアキラの口づけはやまない。
シキの素肌に触れることはアキラにとってはこの上ない喜びだった。
シキが衣服を脱ぐのは風呂をあがってから起床するまでの僅かな間だったからだ。
アキラを抱く時もシキは衣服をつけたままであることが多かった。
トシマにいた頃からそうだった。
アキラは己の背にいつもシキの身に着けているレザーの感触を感じていた。
「…シキ」
「…盛るな。さっき与えてやっただろう」
「……ね…キスして」
するりとその首に腕を回してシキの顔を後方から伺った。
「…」
アキラは体をシキに乗り上げるようにしてパタンとその体を仰向けにした。
実際はシキがアキラの動きに応じて体を倒したのだが。
でなければアキラの力などではシキを動かすことはできないだろう。
「…シキ……?」
「…どうした」
骨ばった手がアキラの髪を払う。
片手でその頬を包み込んで熱に潤んだ瞳をシキは面白そうに覗き込む。
「どうしてかな…」
「なにがだ」
ふわりふわりと意識を漂わせながらアキラはシキに完全にかぶさるようにしてぴたりと胸を寄せた。
アキラの柔らかな熱がシキの熱と融合する。
溶け合って、皮膚の境界線など無くなればいい、といつもアキラは思う。
ひとつになることほど願うことはないのに、と。
体を繋げて得られる充足感はとても大きい。
けれど、いつまで経ってももっと欲しい、まだ足りない、と満たされない思いを抱えるのだ。
「…キスして」
そう言いながらアキラはシキの唇にそっと己のそれを近づける。
触れるか触れないかの位置でぴたりとその動きを止めた。
シキとアキラの吐息が絡み合う。
シキの赤い瞳がただ自分を見ているのだと、そう考えるだけでアキラは言いようのない悦楽に身が浸されるのを感じた。
…冷めかけたその熱がぽぅっと灯り始める。
声に出さずにアキラはもう一度かすれた息で"キスして"と囁いた。
けれどシキはただその美しい唇を綺麗に弧にするにとどめる。
「いじわる」
ふふふっと笑ってアキラはキスをした。
ちゅっと音を立てて幾度も啄ばむようにして口づけは徐々に深くなっていく。
「…んっ…ふ…」
睫を震わせ、頬を上気させてアキラの指がシキの輪郭をそっと辿る。
シキは気づかれぬようにそっと笑う。
なぜ、どうして。
アキラはいつも理由を探す。
何が楽しいのかただそうやってシキに問いかけては笑う。
シキは答えなど与えてやる気はないのだ。
ただ何も考えずにここでキスだけをねだればいい、と。
アキラはそれだけを待っていればいい、と。
シキはそうしてアキラを…変えていくのだ。
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あとがきを折りたたんでます~。
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